自由を求めて

叡智の源泉へ

現実という世界はあくまで相対的なものである。


これを文字通りに捉えるなら、
事実とか、正しいことも、全て相対的なので、
自分の選んだ現実を好き勝手に生きることも可能だ、

というのが私の論理であります。


では私がどのようなことを現実として信じているのか
ということであります。




例えば、私はレオナルド、ダ、ビンチが到達したような
宇宙の叡智の源泉に私も必ず到達出来るのだと信じております。

常識的に言えば、そんなことは絶対に不可能だと
誰もが思うでしょう。

しかし現に、ダビンチだけでなく、バッハや、モーツァルトのように
そこに到達し、常人には決して辿りつけないような叡智を
そこから引き出してきた人間が存在しているのです。


その到達した人間とそうでない人間の一番の違いは
実はそこなのです。

到達した人間は最初に必ず到達することを信じ、
確信した。だから到達したのです。

逆に言えば、到達できない人間は、
到達することを信じなかった人間なのです。



とはいえ、私が今このように信じるに至ったのは、
よくよく考えてみると、長年の(正確を期するために、プロとしては10年程度ですが)
芸術活動から、そこに至る道が見えてきたからだと言えます。

何も無いところから信じきるのは容易なことではないですもんね。



で、ここで秘密を明かしますが。
至るポイント、
というか手段は、
身体意識と、想像力だと最近は確信しております。


「想像」と「創造」が同音であるという、
日本語の優れた点に改めて気づかされますが、

私は職業上、身体意識を相当レベル鍛えてきておりますが、
想像力の方は結構お粗末なレベルなので、
これから10年をかけてでもこれを増大していこうと
考えておるところなのです。

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